よい論文の書き方

研究室用に書いた文書を転載します。主に工学系(コンピュータサイエンス系)分野の査読付き学会や論文誌に投稿することを想定しています。

以下は論文を書くときに個人的に気をつけていることです:

  1. メッセージをシンプルに:要するに何が言いたいのかが一言でサマライズできていること。記憶に残ること。
  2. メッセージが伝わらないと、そもそも査読で落とされるし、たとえ学会で発表できたとしても誰も覚えていてくれない。実際、国際学会でも発表論文の多くが誰にもリファーされず、翌年になると忘れられている (どんな論文がどのくらい参照されているかはGoogle Scholar, Microsoft Academic Searchなどでわかる)。
  3. 問題はなにか・なぜこの問題が重要なのか・問題の原因は何か・どんな解決案を提案するのか・その効果は本当か・他にどんな研究があるか(なぜそれらの既存研究ではだめなのか)・誰のために役に立つのか・どう発展できるか(どんな応用があるか)、などを明確に述べる。
  4. これらの項目は、論文を書き始めるときではなく、研究を始めるとき(アイデアを思いついた瞬間)に、まずまとめておくのが望ましい。この箇条書きがスムーズに出てくるのが「素性の良い研究アイデア」と言える。「あ、ひらめいた」というときに、3.の各観点からアイデアを吟味してみる。また「もしこのネタ(アイデア)で論文書くとしたら、どうなるだろう」と論文ストーリーを書きだしてみる。たぶん10分もかからない作業だが、こうやって言語化することでアイデアの良し悪しや素性が見えてくるし、最初のひらめき以上にアイデアを膨らますことができる。
  5. タイトルやアブストラクトでは「常套句」に頼らないようにする。常套句とは「次世代の」「革新的な」「人に優しい」など。常套句に頼るのはそれ以外に「売り」がないことを示しているので、何を主張したいかを考え直す。「新しい」も論文としては弱い(論文なので新しいは当然)。
  6. もうひとつの指標としては「論文タイトルがすっきりと決まる」ような研究アイデアは素性がいい。論文を書き始めるときも、まずこれらの要素がちゃんと自分で整理できていると「書けそう」という気になる。
  7. 逆に、かなり作り込んでしまってから「これどうやって論文にしよう」と悩みだすと苦しいし、たいていうまくいかない。(最近こういう相談をよくされるので強調しておく。考えなしにやりだしてもダメ。出来た!これでいける、と思ってもうまくいかないのが研究。ましてや....)作っているうちに何かみえてくるだろう、というのはリスキーな考え方。また、ぱっと見素性の良くなさそうなアイデアは結局素性がよくない場合が多い。 最初の方向を間違うと一生懸命頑張っても時間が無駄になる。
  8. 査読者フレンドリーに。査読する人の立場になれば逆にどんな論文が「良い」かがわかる。テクニカルには「通る論文が良い論文」だし「論文は査読者のために書くもの」とも言える。査読する人は、タイトルを確認して、論文全体をパラパラと見渡して、図を見て、abstractとconclusionを読んで、ぐらいの段階である程度は判定態度を決めている。そこまでで「つまらない」と思われるともうだめ。文章だけではなく、全体のレイアウト、版面としての美しさにまで気を配るべき。
  9. 査読者フレンドリーに(その2)。査読者は神様ではないしすべてのテーマに精通しているわけではない。普通の人間なので内容が分かってもらえない限り落とされる。落とされるかなりな理由が研究内容が悪いからではなく、研究の内容や価値を伝えられなかったから。 査読者がまだ知らないことを書かなければ論文としての新規性はないわけだが、「新しくかつ価値がある」ことを理解してもらうのは想像以上にむずかしい。人間は新しいことに出会うと、それを既存の知識に照らし合わせてその中で理解しようとする。つまり新しいものであるがゆえに「**と何がちがうのか」と批判されがちである。そこを先回りして、査読者が知っていそうな「既存の知識」との差分が説明されていないとならない。したがって、単にやったことを羅列するのではなく、メリハリをつける。どこが論文の価値なのか、何が新しいのか、をできるだけていねいに、筋道を立てて、査読者にわかるように書く。
  10. 「なぜ」この研究をやるのか、をそもそも説明できない人が多い。研究に従事しているうちに、そもそも何でそのテーマをやっているのかが(ある意味自明になりすぎて)自分で説明できなくなる。ので、研究を始めるときに文章としてきちんと記録しておいたほうがいい。
  11. 図を効果的に。英語力で勝負できない日本人はせめて図は綺麗に的確に。査読するときにも図に気合が入っている論文は熱意が伝わってくる。特に英語論文に慣れていない人は、図を整備しながらストーリーを作って行くぐらいのほうが楽。図の説明(caption)を詳しめに書くのも個人的にはおすすめ(本文と多少重複していても構わない。対応する本文を読まなくても図だけで意味が理解できるように)。*1
  12. それぞれの図の存在理由を吟味する。また図のサイズにも気をつかう。あまり本題と関係ない詳細なシステム構成図や、単にページ稼ぎのような画面例などを入れないように。また図中のフォントサイズにも注意(印刷したときにちゃんと読めるように)。
  13. 関連研究(参考文献)を吟味する。査読で一番痛いのは「この論文に似ている○○○が参照されてないじゃないか」と指摘されること(それが査読者自身の論文である場合も結構ある)。その分野のことを知らないで研究していると思われるとまずい。さらに、先行研究があっても知らないふりをした、と思われると研究者倫理上も致命的。一方、あまり関係ない論文をずらずら列挙してもページ稼ぎだと思われる。
  14. 正しい文章で(あたりまえか)。「1パラグラフ1主題」とか「事実と意見を混用しない」、「論理を飛躍させない」「用語の定義を正確に、用語の使い方を統一的に(同じ概念なのに気分で様々な呼び方をしないように)」など「理科系の作文技術」中公新書)は基本。技術英語関係の授業が取れたら受講しておいたほうがいい(パラグラフや文章構成手法などは英語に限定されないので、日本語もうまくなります)。
  15. 研究の心構えについて 「素人のように考え、玄人として実行する」は必読。
  16. 英語で書く場合、せめてスペルや数の一致や"a"と"an"などはミスがないように。スペルチェッカーがある時代にスペルミスするのは語学力以前の問題であり、論文を真面目に書いていないと査読者は判断します。LaTeXの参照ミス(図番号が"??"になるなど)も同様。
  17. 英語ネィティブチェックは魔法ではない。英語の表面的なミスは直っても、当然だがロジックやパラグラフ構成など内容に関わるところを直してくれるわけではない。またロジックがあまりに不明瞭だとチェックするほうも想像で修正しだすので、修正結果の品質が著しく悪くなる。あくまで自分できちんと書くように努力するのが大前提。
  18. そもそも、投稿要領に「よい論文の書き方・どうすれば採録されるのか」というのがちゃんと掲載されている場合が多い。審査の手の内を明かしてくれているわけなので、これらを読まずに論文通らないと言っていても始まらない。

*1:最近は、最初の図(Figure1)として研究内容が一目でわかるような図を入れるのが流行している。これも「サビ頭原則」のバリエーションか。