「未来のモノのデザイン」紹介(2009:AXIS書評原稿)

こちらも発掘したので掲示しておきます。ノーマンの新刊(当時)についてAXISの書評コーナーに書いたものです:

AXIS書評原稿(掲載誌:AXIS138号2009年3月1日発売)

「未来のモノのデザイン」
ドナルド・A・ノーマン (著), 安村通晃 (翻訳), 岡本 明 (翻訳), 伊賀聡一郎 (翻訳), 上野晶子 (翻訳)
新曜社


さすがに最近はそうでもなくなってきたが、ひと昔前まで未来のユーザインタフェースというと決まって音声対話システムが取り上げられていた。映画『2001年宇宙の旅』でもHAL9000は乗組員と音声を介して対話していたし、アップル社の有名な近未来デモ映像「ナレッジナビゲータ」では画面上の仮想人格がインタフェースとなっていた。当時の実際の技術水準では、決めうちのコマンドをしゃべればそれを認識して実行する、といったデモがせいぜいだったが、それでも「これなら機械が苦手な私でもコンピュータが使えるようになりますね」といった感想がよく聞かれたものだった。最近ではロボットがその地位にあるのかも知れないが、人間に近いインテリジェンスを持つシステムに対する期待や願望、あるいは幻想は根強い。
もちろん、そう「ことは簡単ではない」ということを同時にわれわれは知っている。音声を使うかどうかは別問題としても、人間と対等にふるまう知的システムの構築は当初予想されていたよりもはるかに難しいことがわかってきた。
一方で、われわれをとりまく環境には程度の差こそあれスマート化・知能化の波が押し寄せている。家電や自動車には各種のセンサーが組み込まれているし、ユビキタスコンピューティングの分野ではスマートホームアンビエントインテリジェンスの研究が進められている。人間と協調して作業するヒューマノイドロボットの研究も盛んである。そもそも、もはや空気のような存在となっている検索エンジンやリコメンデーションシステムでも、裏では膨大な統計データ処理が動いている。
しかし、これらの「知能を持つ機械」が人間の暮らしを単純に快適にするかというと、やはりそう「ことは簡単ではない」。センサー内蔵でおまかせのはずの電子レンジで失敗したことはないだろうか?自動車のクルーズコントロールでひやっとしたことは?ユーザインタフェースの究極の形態は知能を持つことなのか?機械と人間の共生とは?ヒューマノイドロボットは正しい人工物の進化形なのだろうか?人間の能力を拡張する方向はどうなのか?
こういった疑問や課題に正面から取り組んでいるのが、『誰のためのデザイン?』をはじめとする一連の著書で知られるドナルド・ノーマンの新著『未来のモノのデザイン』である。ノーマンがロボットに対してどんな意見を持っているか、どんな「インテリジェンス」であれば人間を適切にサポートできると考えているのか、は本書を読んでのお楽しみとして、例によって関連する大量の事例が議論に厚みを加えている。たとえば群れを成して集団走行するロボット自動車のコンセプトなど。群ロボットだけなら車線変更や分離帯の概念も不要で、はるかに効率的に走行することができる。なまじ人間が関与しないインテリジェンスのほうがより未来的に感じられるのが奇妙でもあり興味深くもある。
前著『エモーショナルデザイン』では、モノの持つ感覚的な魅力を前面に押し出して大きく路線変更したかのように見えたノーマンだったが、本書では『誰のためのデザイン?』から始まるユーザビリティの系譜と、エモーショナルデザインでの議論がより高い次元で融合している。ノーマン理論の新展開が気になる方は是非。
暦本純一(れきもとじゅんいち)東京大学