修論(D論)参考
研究室内文書から転載します。前回のエントリ「よい論文の書き方」と多少重複してますが、修論(D論)執筆についての注意ポイントです。おもに工学系(コンピュータサイエンス系)論文を想定しています:
- まず「結局この修論では何を研究した(何を明らかにした、何を解決した)」を明確にしておく。1センテンスで書けるか。3項目ぐらいの箇条書きでまとめられるか。メインクレーム、イシューセンテンスなどと呼ばれる。(参考:クレーム(claim)とは)。論文を書く段階になってまだここがふらついている場合は、まずまともな論文にはならない。研究を着手する段階から常に意識しておくことが望ましい(「1センテンス、数項目で書ける」内容なので、研究の進捗に伴って変化することもありえる。が、考えなしに漫然と作業していて、さあ論文(修論・博論)まとめられるか、といってもそれは無理)。
- 誰に読んでもらう文書(論文)なのかを認識する。修士論文の第一義の目的は、自分とは必ずしも専門(研究テーマ)が一致していない(ここが重要)所属学科の審査教員に、自分のやった研究の内容と意義を理解してもらうことである。
- したがって、通常の学会・研究会論文よりも、研究の背景、動機、位置づけ、その分野の研究動向(サーベイ、関連研究)みたいなところは意識的にていねいに、しっかりと書く。だいたいの構成は以下のとおり。
概要
謝辞
目次
図目次
序論 ー 副題があったほうがいいかも
- 研究の動機、位置づけ (英語だとMotivation)
- 研究サマリ, コントリビューション(何を達成したのか)サマリ、と以下の論文構成
関連研究
自分のやったこと1
自分のやったこと2
。。。
結論と今後の展望
参考文献
付録 - 博士論文の場合は、さらに就職のための重要な資料となる(自分の研究能力を証明するために)。D論を英語で書くことをすすめるのはそのため。
- まず目次案をつくり、それぞれの章で書くべきことを箇条書きレベルで入れていく(この段階でいちどチェックします)。これが各パラグラフのトピックセンテンス原案になる。あとは基本的にはひたすら書くだけだが、書いているうちに追加実験などをしたくなることもあるので着手ははやめに。
- 概要は本当のサマリで、やった内容についてまとめる(字数制限がある場合もある)。ここだけを独立して読んでも論文内容が分かるようにしておく。
- 前半(1/3ぐらい?)部分は、研究背景・立脚点について説明する。今後この分野を研究したい、と思っている人のための教科書のつもりで書くとよい。
- 序論は研究背景(なぜこの研究をやるのか)、研究のアプローチ、結果のサマリ、以降の章構成を述べる。同じ分野の専門家が読んで、序論だけでこの研究の概略と意義が分かるように。以降を読むべきかの価値判断ができるような情報を入れる。
- 関連研究は本研究の前提となるもの。量が多い場合は大きくグループわけしてそれぞれ章を立てる。淡々と既存研究を紹介するだけでなく、研究動向全体の流れがわかるような指標(たとえば分類項目を立てたり、評価軸にマップしたりするような)を入れる。どういう観点から関連研究をまとめたのか、は自分の研究の立ち位置を説明することにもなり重要。価値のあるまとめかたは執筆者のオリジナリティでもある。
- 後半は自分のやった研究のところなので、どこが新規なのか、実験の手法、評価、どれくらいうまくいったか、などを順序だてて述べる。これは通常の学会論文と基本的には同じ。ただし修論は教育訓練の側面もあるので「実験手順(作業量)」「予備実験してだめだった例」など頑張りアピールに通じるところも書いていい(と私は思ってます)。
- 最後に結論でやったことをまとめ、今後の展望で、この研究の先にどんな課題/展望があるか、などを述べる。結論は、この研究から実証できた(根拠があり、自分で責任をもてる)内容。展望は、今後の話なので推定・想像が議論に入っていてもよい。博士進学の場合は、この展望が自分のこれからの研究計画のベースになっているとさらによい。
- 論文としての体裁(フォーマット)を意識する。パラグラフ分け、章立てから、図やグラフの書き方、実験手法の説明、その結果の吟味、参考文献やその参照の仕方など一連の論文フォーマットに則って書けているかどうか(要するに論文という文書の「型」を会得できているか。これも教育訓練の側面からはきわめて重要)。
- 文章の書き方については多くの参考書があるので詳しくは触れないが *1 、1パラグラフ1トピックの原則に留意し、トピックセンテンスが何かを意識する。通常はパラグラフ冒頭のセンテンスがトピックセンテンスになる。パラグラフの途中で別の話をしない。パラグラフとパラグラフで論理が飛ばないように。そのためにも、トピックセンテンスだけを並べた、つまり1パラグラフごとに1センテンスの状態で論旨を吟味したほうがよい。
- 用語の使い方に気をつける。最初に使うときに定義を説明しておく。審査教員が同じ専門分野とは限らないことを考慮して、普段の学会論文よりもさらに丁寧に。とくに略語はかならず何の略であるかを記載する。同じ概念を複数の呼び方で参照しない(気分で表記が揺れていると、読者は同じことを言っているのかどうかがわからなくなる)。研究室内で符牒のように使っている言葉や言い回しを不用意に使わない。
- 用語の使い方に気をつける(その2)。その分野で一般的に使われている意味と、自己流で使っている意味がずれていないか注意。読者は当然「その分野で一般的に使われている意味」で使っていると思って読むが、読み進むうちに「どうやらこの著者はオレオレ定義で書いているらしい」と気づくことがある。
- 用語の使い方(その3)正しいが曖昧な用語に注意。HCI分野だと「人にやさしい」「直感的な」など。つい使いたくなるが何をもって「人にやさしい」かを正確に定義することが難しいので情報量がない。「革新的な」「次世代の」なども同様で情報がない。
- 口語的表現を避ける。また、外来語で、技術用語として使われている以外のもので、日本語で説明できるものは口語表現ではないか気をつけること。たとえば「シーン認識」のように用語として使われているものはよいが、「様々なシーンで使われている」のシーンは口語表現。「様々な場面で使われている」とすべき。「シンプルな解決方法」なども。*2
- ページ数の制限のない修論・博論では「再現性」には一段と留意したほうがよい。その研究を引き継ぐ後輩へのガイドにもなる。本論文に情報を入れすぎて煩雑になるようだったら Appendix(付録)として添付する。たとえば細かいシステムの情報, 設計図、基板図、回路図、仕様書など入れたければappendixとして追加する。また、修論の場合は(査読付き)学会論文もappendixとつけるのもありでしょう(博士の場合は業績集を別途作る)。
- 参考文献は修論でも最低30ぐらいできれば50件ぐらいは欲しい。ページ数は最低でも50P以上か?(博士の場合、参考文献100件以上、最低ページ数100P以上かな? ページ数で規定するのはなかなか難しいところですが)
- 自分の対外発表一覧は参考文献とは独立して列挙する。
- ページ数について:多いから優秀とは限らないが、修論/博論の評価基準の一つが「どのくらい本気で研究したのか/どのくらいの作業量だったのか」なので、尺度としてページ数はやはり大事。「書くことが少ない≒やったことが少ない」なので。言いたいことが沢山あって困る、ぐらいの修論はやはり読みでがある。といって無理やり文章を水増ししたり、スカスカの図を入れたりする必要はない(無理やり伸ばしたところは、ちょっと読めば一発でわかってしまう)。
- 学生レポートとの違い:学生レポートは、通常その作業の「動機(なぜそれをやるのか)」を議論することは必要ない( 与えられた課題を正しく解いてそれを報告すればよい)。一方、修論や博論では、「研究の動機・価値」を理解してもらうところが重要であり、かつ難しい。課題を解きました、だけでは不十分で、その課題の意義、位置づけ、既存研究との関係、新規性、など「研究の価値」(なぜこの研究をするのか)に相当する部分に注意すること。たとえテーマを指導教官から与えられたとしても、自分でも意義を考えることが大切。自分のやったことの価値を論理的に、説得性をもって人に説明できる能力は、研究職であるかどうかに関わらず今後も重要なので、ぜひこの機会に身につけておいてほしい。
- 参考になりそうなのを挙げておく。修論執筆で参考になるのは、まず先輩のもの(主に構成、フォーマットの観点)だが、修論執筆者でも博士論文を参考にすることをおすすめする。博士論文をまねるぐらいのつもりで修論を書くとちょうどいい。たとえば:
Last Minute チェックポイント:
提出前に最低でも以下だけはもういちど確認:
- 提出期限・提出部数・フォーマット・提出方法。年度によって提出方法等が改訂されている場合があるので必ず自分で確認。
- カバーページ:論文タイトル・所属・名前にミスプリがないか。
- 目立つところその1:abstract(全文)、第1章のはじめの部分、最終章(結論)のはじめの部分。このあたりに文章の誤りや誤字があると、それ以外のところをどんなに頑張って書いても完成度が低い論文だと思われる。文章として分かりにくくなっていないか、自分以外の人にも読んでもらうこと。
- 目立つところその2:あからさまにパラグラフが抜けている(章だけあって中身がない、文章の途中で終わっている)、メモ書きが残っている、などがないように。後回しにして別のところを書いているうちに忘れてしまう。
- 目立つところその3:図中の文字や図のキャプション。ここも文章が変だったり誤字があると目立つ。
- 目立つどころその4:グラフ。理工系の教員ならかならず変数名や単位が気になる。それが抜けていると指摘される(論文の内容とは無関係に指摘できるところでもあるので)。
- 目立つところその5: 数式、特殊文字(βとかΔとか)。
- 目立つところその6:参照が"??"になっている(latexエラー)。参照先がない、文献参照が失敗している、これも目に飛び込んでくる。
チェックポイント(その2):
これも内容というより編集レベルでのチェックポイントです(すべて実際に遭遇したミスorz)。
- 図、参考文献番号の参照もれ、Latexの指示間違いがないように。 Figure ? などなっているところがないか。LaTeXエラーファイルを見て確認。
- 参考文献番号と、参考文献は合致しているか。 「***というシステム[10] 」という本文に対応した10番の参考文献が全然関係ないものを指していないように。
- 参照していない図を載せていないか。図だけあって、対応する本文がない。図番号も本文に参照がない。
- 逆に、参照だけして図が存在しないことはないか(Latexなら参照すべき図のtagが見つからないので?となるが)。
- 図と説明文(キャプション)は対応しているか。 (図で取り込むファイルの指定を間違えるとこうなる)
- キャプション中の、(a) (b)などの図への参照に対応する記号が図中にあるか。
- 図の参照順序は正しいか。 本文中で 「図 4 では、 図 3 では」、と図番号が逆転しないように。図番号は本文での参照順にするべき。
- 図 / Figure 表 / Table
などの呼称を統一する。スタイルファイルを変えるとこうなる場合がある。キャプションではFigureと書いていて、本文では 「図」と呼んでいるなど。
- 図はグレイスケールで印刷しても意味が通じるように。
色がないと識別できない図は(1)媒体が白黒印刷の場合破綻する (2)ユニバーサルアクセスではない(色覚に関して)ので避けるべき。
- 固有名詞、人名、組織名などに誤りはないか。日本語の論文に英語が混ざるときにスペルチェックが甘い場合がある。(信じがたいことに自分の所属学科や謝辞する相手の氏名すらも間違えている場合がある)。
- 参考文献をbibtexなどで自動生成している場合に、生成結果をチェックすること(日本語の文字化け、姓/名の順、スペルなど)。
Reference:
推薦参考書