アルバンベルク四重奏団が解散する

アルバンベルク四重奏団(以下ABQ)が今年の7月で解散する。40年近くにわたり世界最高峰の弦楽四重奏団であり続けたABQの歴史があと一月で終了する。

ABQを最初に聞いたのはもう20年以上前のことになる。当時はまだCDの黎明期で、弦楽四重奏のCDもそれほど多くは販売されていなかった。DENONが積極的にスメタナ弦楽四重奏団の録音を進めていたので、なんとなくスメタナSQが弦楽四重奏団の定番という雰囲気だった(スメタナは世界的にはそれほど評価の高い団体とは言えないのだが、当時はわからなかった)。理由は忘れたが、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏が欲しくて、レコード屋に行った。そのときもABQという団体は知らず、スメタナSQのを買うつもりだった。売り場にたまたまお目当ての曲目のはABQのしか置いていなかった。これでもいいかと「妥協」して買って帰ったのがそもそもの始まりだった。もちろん当時から評判は高かったのだろうが私は知らずに、店頭でたまたま見つけて買ったにすぎなかった。

で、家に帰ってみて聞くなりこれはものすごい演奏集団だということがすぐにわかった。スメタナには悪いが演奏の水準がもう全然ちがう。音が美しく、同時に切れ味が鋭い。ベートーヴェン後期弦楽四重奏曲というのは難しいものと敬遠ぎみだったのだが、ABQで聞くと面白くてたまらない。たちまち超ヘビーローテーションになって、他のも段々に買い揃えるようになった。*1

実際のリサイタルに初めて行ったのは1986年春の新宿文化ホール。当時サントリーホールはまだなかった。今でも曲目を覚えているが、ベートーヴェンのセリオーソ、バルトークの1番、ラヴェル、あとアンコールにドボルザークアメリカから抜粋を弾いていた。とくにバルトークが驚異的で前衛音楽をこんなにわかりやすく聞けていいのかというぐらいの演奏で興奮した。1stヴァイオリンのギュンター・ピヒラーが、CDから聞く緻密な音楽とは裏腹に、演奏スタイルは意外にアグレッシブだった(ここぞというところでは椅子から飛び上がらんばかりのアクション)のも印象的だった。同時にヴィオラの音が本当に美しいことに感銘を受けた。それまで弦楽四重奏を聞いていてヴィオラを意識した経験はあまりなかったのだが、ABQのヴィオラは格別に素晴らしかった。気がつくと四人の中からヴィオラの音を追っているという感じだった。そのビオリストこそトマス・カクシュカなのだが、そのときのリサイタルで初めて名前を意識したように記憶している。アンコールでかなり長く弾いたあとに突然弦がきれて、また最初から演奏しなおした(結果的にほぼ2度聞けた!)のも懐かしい思い出である。

その後も何回かリサイタルに行ったが、フィリアホールで聞いたベートーヴェンの15番も印象に残っている。今回の解散コンサートの曲目でもある曲だが、ABQはベートーヴェンを伝統の名曲としてではなく、19世紀の前衛曲、という位置づけで演奏する。ベートーヴェンの感覚がいかに時代に先行していたかが容赦なくわかる、むしろ現代をも先行しているかもしれない、という演奏で圧倒された。

たぶんこのへんが好き好きなのかもしれないが、古典曲としての渋さを求める人にはABQは表現主義すぎるということなのかもしれない。私自身はベートーヴェンを古い曲だとか渋い曲だとか感じたことは一度もなく、永遠の前衛曲だと思っているので、ABQの方向性に共鳴するのだが。

2005年にヴィオラのトマス・カクシュカが亡くなったときに、もう活動を停止するのではないかという予感はしていたのだが、ついに解散かと思うと感無量である。明日(6月2日)のリサイタルが日本では最後。チケットとれたのでこの歴史的イベントに参加してきます。

*1:当時一枚一枚買って行ったベートーヴェン弦楽四重奏(全集)は、今では信じられないぐらい安い値段でセットになっている。輸入版だとたぶん日本のJPOPCD一枚ぐらいの価格で買えてしまうと思うので一家に一セットぜひ。