ABQ解散コンサート 2008.6.2

冷静に考えるとマイナーな音楽ジャンルであるクラシックの、さらにもっとも地味だと思われている弦楽四重奏の楽団の解散にかかわることなど、世間的にはあまり興味は持たれないのかもしれないが...

サントリーホールにアルバンベルク四重奏団(ABQ)解散コンサート日本最終公演に行ってきた。ヴァイオリンを担いでいる人の率がいつになく高い。

曲目は

ハイドン弦楽四重奏曲 第81番ト長調 Hob.Ⅲ:81
アルバン・ベルク 弦楽四重奏曲 op3
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番 イ短調 op132

ハイドンは割と淡々と進む。リーダーであるギュンター・ピヒラー(1st vn)だが、全盛期の迫力はさすがにない。解散するのも、トマス・カクシュカ(ビオラ)が亡くなったからというよりも、ピヒラーが自分の演奏技術に自信が持てなくなったからなのかな、などと思いながら割とクールに聴いていた。

ベルクも同じような感じで、このまま淡々と終わってしまうのかと思っていると...

ベートーヴェンの2楽章あたりで急に何かがステージに降りてきた。まさしくABQという凝縮感のある演奏になる。会場の空気も一変して緊張感のあるものになる(ベートーヴェンが心配してやってきたのかもしれない)。

そして3楽章。有名なリディア旋法の長い楽章だが、ノンヴィブラートとヴィブラートを複雑に組み合わせた、今まで聴いたこともないような演奏が展開される。CDに録音されているABQのベートーヴェンともちがうし、ましてや単に「ピリオド奏法を取り入れてみました」などという演奏とはまったく次元のちがうものだ。演奏はもちろん素晴らしいのだが、「今までの集大成」というよりも、今後さらに発展する可能性を感じさせるものだった。今後?このときABQが解散して失うもののあまりの大きさを改めて実感する。この期に及んでまだ新しい演奏を追求している...まったくもって信じがたい団体だ。夢のような十数分間が経過する。

そんな感動的な3楽章が終わって、4楽章までの一瞬の間、完璧な静寂が訪れる。普通楽章の間では咳が出たりするものだが、3楽章の奇跡的な集中力を壊す勇気は誰にもない...と、思いきや、信じられないような下品な咳声が聞こえてきて一気に現実に引き戻されてしまった。同じ咳をするにしても、もう少し音の抑え方があるだろうに。あまりの空気の読めなさぶりに客席から思わず失笑が漏れる。会場を支配していた緊張感も失われてしまった。それが原因かどうかわからないが、4楽章の頭で、ピヒラーが入りを失敗する。後半盛り返したが、3楽章のような奇跡の音楽はもはや望むべくもない。それでも全体としてこのベートーヴェンは素晴らしかった。ひとつの楽曲の演奏を超えて、表現者としてのABQの真骨頂がそこにあった。ABQは単に解散するのではなく、次の世代に何かを託そうとしている。自分たちの演奏を究極だとするのではなく、まだその「先」へと続いて行くものがある。それを自ら垣間見せてくれた演奏だったような気がする。カッコよすぎだ。

アンコールは予想どおりカバティーナ(ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番のアダージョ)だった。ベートーヴェンが存命中に自分で聴いて涙を流したという言い伝えのある曲だ。演奏後、たっぷり10秒以上の沈黙。だれもこの静寂を破りたくないという感じが伝わってきた。15番をぶちこわした咳男も今度は静かにしていた。まわりの人が抑え込んでいたのかも知れない。そして殆どの聴衆が客席から立ち上がって拍手を送った。会場全体が深い感謝の気持ちで包み込まれているようだった。

アンコール後はサインを求める長蛇の列ができていたが、参加せずにホールをはなれた。一応、昔のCDは持参してきていて、サインをもらうつもりでいたのだが、何かそういうものをはるかに越えた感動を演奏からもらってしまったような気がしたので。以上。

Alban Berg Quartet

Günter Pichler (1st violin)
Gerhard Schulz (2nd violin)
Isabel Charisius (viola)
Valentin Erben (violoncello)