HCI2020でのelBulliの料理
HCI2020 の会場はelBulli*1が所有するホテルだったので料理も御紹介。elBulliは世界でいま最も注目されている料理人と言ってもいいフェラン・アドリアを擁するスペインのレストランで、今回の会場はそこが経営しているホテルである*2。この人です。「料理界のダリ」とも呼ばれているらしい。
メニューが面白くて、各料理に年号が記載されている。つまり、その料理が発明された年が載っているのだ。まるで参考文献リストのよう。
メニューを見て判る通り、料理の数が異常に多い。スペインのピンチョスやタパスの伝統から来ているとも言われるが、それぞれの料理のアイデアを明確にしたいためだろう(一皿の分量は少ない)。前半はバーコーナーで皆が飲んでいるところにスナックとしてバラバラと配られてくる。
山本益博氏の「エル・ブリ 想像もつかない味」に詳しく解説されているが elBulli料理のキーワードは「見立て」「エスプーマ(フォーム)」「再構築」「皮肉」「ユーモア」といったところで、見た目から味が想像できなかったり、常識を覆す料理の連続でまったく気が抜けない。
例えばこれは「パルメザンチーズのスパゲッティ」なのだが、スパゲッティにパルメザンチーズがかかっているのではなく、パスタそのものが半透明(ジュレ?)のチーズでできている。で、しかも一皿で1本、全長2mのパスタだということに食べている内に気が付くという趣向である。もうテーブル中で議論沸騰。
これは「白アスパラにマヨネーズ」。何の変哲もないように見えて、マヨネーズがelBulliの代名詞とも言える「エスプーマ」、つまり泡状になっている。右のはランチで出されたポテトのエスプーマ。これらは、特殊なボンベで窒素ガスを注入して作るらしい。泡を食べるというよりも全く新しいソースという感じ。撹拌して泡立てたものとも食感が異なっていた。西洋料理のソースが、基本的にはクリーム(脂肪分)でボリュームを出していたのに、エスプーマ技法によって軽いんだけどしっかりという不思議な感覚が達成されている。斬新なアイデアの料理が多いだけではなく、ソースのような料理の根幹に関わるところに革新を起こしているのがelBulliの凄いところかも知れない。何より、このエスプーマ装置、自宅にほしぃ!*3
これもelBulliっぽい感じで豆のスープなのだが、左側のスプーンに載っているのが液体を薄い皮膜で包んだもの。口に入れると、一瞬の間を置いてから皮膜が溶けて中のスープと香りが口一杯に広がってくる。
皮膜の発想をさらに押し進めたのがこれで、ニョッキみたいに見えるが、皮膜で覆われたトマト果汁だったり、オリーブに見えるのもオリーブ果汁を皮膜化したもの。食べるたびにプチン・プチンと違う香りが口に広がってくる。あ。今書いていてようやく気づいたが、これはガスパチョを再構築したものなんですね。
一応、コースの最後のほうに普通っぽい魚料理/肉料理も出てくる。これは美味しいんだけど他でも食べられる感じ(この頃には、もはや価値感の軸が変化してしまっている)。
あと、日本人的に面白いものもいろいろあって、左のはまるで白魚のテンプラ(ただしレモン風味)、右のは「エビ煎餅」。今回は出て来なかったがずばりテンプラもあるらしい(ただし天ツユが泡状)。
一方、「まずい」のもあって、これはツブツブオレンジが透明な液体に入っているように見えて...塩味だったw。
まあこんな感じで、まず見ただけではどんな味なのかが想像もつかない。
普通の料理は、結局記憶で食べているみたいなところがあって、口に入れるまえに有る程度の予測が成り立つが、elBulliのはそうでないので食べている内に感覚が自然に鋭敏になってくる(なので非常に疲れる)。何回も通えばまた感想は違うのかも知れないが...
最初予想していたのは「奇抜ではあるが、それほど美味しいとは言えないのではないか?」だったのだが、エスプーマなど、まったく経験したことのない味なのだが素直に美味しかった。もうちゃんと覚えてはいないが、たとえば「生まれてはじめてアイスクリームを食べたときの感動」に近いのかも知れない。また、人工の極みのような料理でありながら、野菜の香りなど、素材そのものの魅力が濃厚に感じられたのも印象的だった。
スペインの天才といえばピカソ・ダリ・ガウディなど枚挙に暇がないが、フェラン・アドリアも明らかにスペイン型天才の系列に連なる人だろう。とにかく料理を食べてこれほどクリエィティビティやオリジナリティについて考えさせられたことはなかったし、HCI2020の会場にelBulliを選んだMSRのセンスにも脱帽デス。
参考
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エル・ブジ 至極のレシピ集―世界を席巻するスペイン料理界の至宝 (世界最高のレストラン―スペイン編)
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*1:エルブジなのかエルブリなのかという不毛な議論があるようだが、スペイン人の参加者に聞いてみたら「その中間ぐらい」とか。うーむ。
*2:正式名称は"elBulli Hotel Hacienda Benazuza"。elBulli本店はバルセロナ近郊にあるので、今回のはその支店格ということになる。本店は当然ミシュラン三つ星。こっちは二つ星のようです。
*3:ググってみると、エスプーマ装置、一応日本でも販売されてますね。ただし日本では亜酸化窒素ガスが危険物あつかいなので、炭酸ガスで代用するelBulli「風」か、本気で巨大ボンベを家に納入させないとだめなのが微妙なところ。炭酸ガスだとサイダー味になっちゃうので本物とは言えないし...