ミシュランガイド東京の致命的な欠陥

どの店にいくつ星がついているのか、その選定は妥当なのか、ということではなく、そもそも「星付きの店しか掲載されていない」のが東京版が他のミシュランガイドに対して決定的に劣っているところではないだろうか。2009年版でも状況は変わらないようだ。

ミシュランガイド(The Red Guide / Le Guide Rouge)は、三つ星がどうこうという華々しいところだけ取り上げられる機会が多いが、元来はきわめて「実用的」なレストランガイドである。本来の目的が旅行者のためのガイドブックなのだから当然ともいえるが、高級店ばかりではなく、星なしのレストランがどの都市でも相当数リストされている。写真掲載はなく、一軒ごとにわずか数行のスペースでとても効率よく店の特徴・料理の内容・価格帯がわかるようになっている。ミシュランガイド東京版、あるいは日本の他のレストランガイドと比較しても比べ物にならないほど地味である。まるで時刻表か不動産物件のリストのように淡々とデータが並んでいるだけ。その分、一冊に入っている情報量は格段に多い(まさに旅行者向け)。ヨーロッパのレストランは日曜が休みのところが多いので、日曜にやっている店を探せるのも重要だ。

個人的によく使っているのは、「ヨーロッパ主要都市版 (Main Cities of Europe)」というやつ。ヨーロッパの書店ならたいていすぐ入手できるだろう。これ一冊でヨーロッパ旅行はだいたいまかなえる。英語表記なのでわかりやすいし、各都市の地図も掲載されているので、出張のときなどに重宝する。

で、この「星なし」でリストされているレストランに、ほとんど「はずれ」が無い(少なくとも私の経験上)のがミシュランガイドのすごいところだと常々思っていた。しかし東京版だとその部分がごっそり落ちてしまっているので、実用的ガイドとしての価値ががた減りである。「どこが星付きのレストランか」、はネットで検索すれば一発でわかってしまうので、わざわざ書籍として購入する必要はないと思うがどうだろうか。

さらに、星つきしかリストされていないのは、星付きレストランの価値にも関わる問題だ。他のミシュランガイドで相当数掲載されている、星なしのレストランは、将来の一つ星、二つ星、三つ星の潜在的な候補でもある。また、それだけの数の店をミシュランが責任をもって調査したよという厚みの証明にもなっている。調査のためには当然非常な時間とコストがかかっている。ミシュランガイドにリスティングされているということは、「あなたの店は精進すれば星つきになる可能性がありますよ」というメッセージでもある*1。そういうベースとなる優良レストランの母集団があるからこそ、そこから切磋琢磨して登っていった星つきレストランに価値がでてくる。さらには、そうやって切磋琢磨するインセンティブミシュランが提供することで、その都市のレストランのレベルが底上げされていく。こういった、いわばガイド・レストラン・顧客の「生態系」が成立しているところが、ミシュランガイドの素晴らしいところでもありまた信頼される理由でもあったのではないか。

一方、東京版だといきなり(どうやって選ばれたのかわからない)店が単に「ここが一つ星です」みたいに並んでいるだけだ。母集団が示されていない。これでは「なんでこの店が星なしなんだ」という疑問にミシュランガイドは答えることができないだろう。そもそもミシュラン調査員がその店を知らないだけなのかもしれないし。

というわけでミシュランガイド東京は書籍の体裁などは一見他のRed Guideと同等に見えるが、内容的にはかなり劣っていると言わざるを得ない。

ただ、パリ版のミシュランガイドも、2007年から写真掲載が取り入れられて、レストラン掲載数が大幅に減ってしまった。これはミシュランガイド全体の方針転換なのかもしれない。地道に調査して質の高いガイドを提供するよりも星付きのレストランをフィーチャーしてジャーナリスティックな話題作りに走ったほうがビジネスになるということなのかも。

*1:もちろん、必ずしもすべてのレストランが高級指向というわけではない。ミシュランはそういった店にもちゃんと配慮していて、だいたい30ユーロ以内で食事ができるリーズナブルな優良店に、"Bib Gourmand"というマークをつけて選別しやすくしている。